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Vol.06不完全の美を楽しむ余裕、それこそが本物の証

第6回は完全予約制のプライベートサロン LECTEURのオーナー五十嵐裕基氏。
不完全さを愛し楽しむ余裕・・・それは、本物という概念に変化をもたらすきっかけとなる話でした。

2019/06/06
Vol.06 不完全の美を楽しむ余裕、それこそが本物の証

本気で、そしてその先へ

今回お話を伺ったのは、LECTEUR(レクトゥール)のオーナー五十嵐裕基氏。
五十嵐氏は、セレクトショップの販売員を経て、2014年にLECTEURを立ち上げ、2017年には広尾駅から徒歩10分ほどの場所にサロンをオープン。
同サロンは、看板なし完全予約制という、一見すると不便な条件を敢えて選択しているにも関わらず、常に顧客の絶えない知る人ぞ知るサロンへと成長。
現在では、サロン経営だけではなく、ファッション業界に対する変革も積極的に進めている五十嵐氏に本物とは一体何かを伺いました。

バックヤード整理のアルバイトが全てのはじまり

私と五十嵐氏がはじめて出会ったのは、数年ほど前。まだ五十嵐氏がセレクトショップに勤務されている頃でした。
初対面の私のジャケットのほつれに気付き、丁寧に直していただいたことを今でも覚えています。
おそらく面倒な直しになるであろうことは想像出来ているにも関わらず、自ら進んで行っていただく姿勢は、何度もお店に足を運んでいても五十嵐氏だけの
対応でした。さらに、今回この話をした際、私が着ていたジャケットの詳細まで記憶されていたことには、正直驚きを禁じ得ませんでした。
そのような出会いから関係が始まったわけですが、記憶に残る接客をしていただいた経緯も踏まえ、まずは五十嵐氏のアパレル人生のスタートはどのようなものだったのか伺いました。
「アパレルで働き出したはじめの半年は、アルバイトとしてバックヤードの整理を週6日行っていました。半年後、週に1回、店頭立つようになり、
そこからお客様にまた戻ってきてもらうにはどうしたら良いのかを考えるようになりました。その結果、店頭に立つのは少ない回数にも関わらず、
全国上位クラスの販売実績を出すことができました。その成果を認めてもらい、バックヤードの仕組みを変えるなど、徐々に職域も広がっていきました。
今もそうですが、当時から洋服を売るのではなく、信頼関係を作ることに注力していたので、お店に来るというより、私と話をしに来てもらえるお客様に巡り会えたのは本当に嬉しかったです。具体的には、お客様の目の前で控え伝票に漢字でフルネームの名前書く、電話番号を覚えてるなど地道な事なのですが、振り返ってみるとそれをきっかけにお付き合いが始まってることが多いですね。」
ご本人は、昔話をするかのように、自然体で振り返っていらっしゃいましたが、ショップの店頭に立つことなく、バックヤードでの業務を繰り返す日々は、相当な決意がなければ続かないはず。さらに店頭に立てても、わずか週1回というマイナス条件をはねのけて結果を出す行動力。更には、店頭での接客機会が少なければ、どうしても物売りに走ってしまいそうなところを信頼関係構築に時間を費やす姿勢。
そのような根本的な考え方の違いこそが、冒頭で触れた私が鮮明に覚えているほどの接客に繋がっているのだと感じました。

マイナスからのスタートの後、順調に販売員としての実績を重ねていけば、得てしてそれで満足してしまいそうですが、そこで満足されなかった五十嵐氏。 順調な日々の中でご自身が進むべき道を模索しながら常に仕事に向かわれていたそうで「ただ毎日、商品を販売するだけではなく、お客様にファッションは面白い、買い物は楽しいと思ってもらえる環境を作り出していくにはどうしたらいいかを常に考えていました。」とのこと。
その結果として、ご自身が向かいたい方向性を、明確に<顧客満足の追求>、それを支える<販売員の方たちの働き方改革>と定め独立。 本当にお客様に合うアイテムを密な関係性の中で紹介するために、受注生産をメインにしたスタイルを取り入れ、販売員の方とのパートナーシップ制度を導入するなど、確実に五十嵐氏の想いは、独自の方向性をもって現実化されています。

圧倒的な本気度の違い

ここまでの話を聞いて、いくら想いを持って独立したとしても、お客様側からすると、セレクトショップでなく、受注生産をメインにしたよくあるオーダーサロンと思われることもあるのでは?という疑問が湧いてきました。それに対して、五十嵐氏は
「LECTEURのオリジナルは、ビスポーク入門編という位置づけで手が届きやすく且つ本格的な雰囲気を大切にしています。オーダーと言う文化が少しでも普及したらという意味合いで入門編にあたるものを扱っていますが、 入門編だからと言って、深い知識や情熱もなく、その場のノリで適当なことを言ってしまうようなところとは、全くもって本気度が違う。」とはっきりとおっしゃいます。
確かに、売上を上げていくだけであれば、先の独立の想いなどは不要で、現実化する必要もないはず。それを確実にすすめていくその行動力と姿勢が全てを物語っていると感じました。
そして、行動力と姿勢の本気度はお客様にも伝わっており、 その証拠に、このインタビュー中もお客様から様々なお問い合わせやオーダーが届いていました。

圧倒的な本気度の違い

本物の商品を取り扱うのは、必要最低限のこと

五十嵐氏の話で、何事も人と人が関係すること、小手先の販売テクニックやマーケティングだけ追い求めても到達できない物事の本質、そして物事に向き合う姿勢を伺えたように、私は感じました。
そして、ここで、さらに深掘りして、その想いを具体的なアイテムや生地のセレクトにどのように反映しているのかを伺ってみました。
「小売業をやってる以上、その商品にこだわっているとか、本物の商品を扱っているというのは必要最低限の条件だと思っています。 物にこだわってこその小売業ですからね。お客様がその商品やジャケットを着て恥をかくことがない、かっこいいと言われるなどを保証して差し上げるくらいでなければ、 私たちの存在価値はない。逆に言うとそれを保証できるくらいでなくてはならないと思っています。正直、何が本物で何が偽物かの判断は、すごく難しいですが、作り手の気持ちがきちんと入ってるもので、我々も作り手の気持ちをお客様に伝えられるようなものを扱うように心がけています。」
確かに、消費者側からすると、商品にこだわっている、本物の商品だということは大前提。
その上で、買うかどうかの分かれ道は、この人からなら間違いないということを、感じ取った結果だと思います。
そして、その違いは、もちろん偽物を扱っているかということではなく、そのお店やその人が根本的に持っている本気度やその熱量によるものではないかと思います。

結局のところ、本物を扱うお店は多く存在するが、本物をどのように扱うか、どのような気持ちで扱うかという事が大きな違いを生む、そのように感じます。
そして、その考え方・気持ちの部分を五十嵐氏は、パートナーの販売員の方にも確実に共有されていらっしゃいます。

人生の一部を切り取っている

「時間は人生の一部であって、物作りも販売も、人生の一部を切り取ってお客様のために提供していることを意識すると自然と本気度が増すと思います。 適当に接客する人もいますが、その時間は、自分とお客様の大切な人生の時間。同じように使うのであれば本気でお客様に接したらお客様の反応も変わるはず。ちょっと違うなっていうのを感じてもらえると思うんです。 そのような考え方を共有して、本気度を上げた物作り事作りを目指しています。」
そのような五十嵐氏の話を伺い、物ではなく、中身やその核となる考え方がブレることなく明確であることが、本物を本物たらしめる理由なのだと感じました。

人生の一部を切り取っている

本物には誰しも心が動く

ここまで話を伺ってきて、本物であるかどうかはモノづくりにおける細かい技術や費やした年月の結晶という事だけではなく、携わる人の思い入れがあって
はじめて本物と呼ばれるようになるのだと思いました。
しかし、そうなると、当然価格も上がっていくものですが、お客様は初見であっても価格以上の価値を感じ、手に取るケースが多いということ。
その理由について、
「素敵だなと思うものは当然高いことが多い。それは、職人さんの技術だったり、使ってる素材であったり、その総合評価で決まるもの。 ただ、思い入れや本気度がうかがえる商品は独特の雰囲気がある。それを目の前にすると、心が動いて自然と手にとっているのだと。業界の人であっても初めてご覧になるお客様であってもそれはあると思います。」
たしかに、何かを見ていいなと思ったり、数多くの商品の中からその商品にだけ目がいくのは、知らないうちに心が動いているということ。
その商品のバックボーンや職人さんのことは知らなくてもそのような行動を取るというのは、五十嵐氏が仰るように「本物には心が動く」のだと改めて感じました。

しかしながら、ファッションに限らずサービスを提供し続けると どうしても、その「思い入れや本気度がうかがえる本物には心が動く」という本質的な部分を忘れがちになり、目先にのみ集中し視野が狭くなってしまうことは、 誰にでも起こりうる事だと思います。そうなってしまったときに立ち返るべき原点があるかどうか、それもまた大切な要素なのかもしれません。

これからは心を動かすサービスを

そして、当然ながら、本物には心が動くという事、それを机上論で終わらせることなく具現化していくことも大切です。
それについては「お客様の心が動くこと、気持ちいい、楽しい、嬉しい、気分がいいと思うことに対して、いかにして驚きや感動を与えられるかを大切にしていきたいと思います。 そのためには本物を扱うのは大前提としながらも、物にフォーカスしていくだけではなく、人間らしさ、関わっている人たちと人間味のある関係性を築けるかを大切にしたい。情報が氾濫している今だからこそ、そういった人間味のあるお付き合いができるようになればと思います。」
誰とも会話をすることなく商品を買うことができる時代。
そんな時代では、表面的な情報だけで物が売れ、それを成功と錯覚してしまいがち。しかし、本質的な考えに焦点をあて、更にはより人間味のある関係性を築くことこそ、時代は変わっても、いつも大切にしていかなくてはならない要素なのでしょう。

これからは心を動かすサービスを

不完全の美を楽しむ余裕、それこそが本物の証

表面的な技術だけではなく、関わる人たちの思い入れや本気度がプラスされて初めて本物と呼べるようになる。
そして、本物には人は心が動くということを教えていただいた今回のインタビュー。
そんな五十嵐氏に最後に自分自身が本物になっていくために必要なことを伺いました。
「自分自身が本物になるには、表面ではなく中身。ただし、本気度や思い入れの話をしましたが、 合理的になってはいけないと思います。思い入れや本気度というのは合理的に測ることは出来ないし、合理的になればなるほど味気なくなってしまうと思うからです。 さらに、本気度や思い入れという自分の中身について、ゴール自体が無いと思っています。いつまでも不完全。満足してしまうとそれで終ってしまうので。 そして、その不完全さを受け入れ、楽しむ余裕を持つことで、本物になっていくのかなと思います。そう考えると、本物というのは、不完全の美なのかもしれませんね。」

本物というのは、不完全の美である。
この言葉を聞き、本物というのは、漠然と完成形だとイメージしていた自分に気が付きました。
しかし、そうではなく、どこまでも不完全なことを理解し、それすらも楽しむ余裕を持つことが本物の証ということ。

不完全ながらも、そこに美を感じさせる本物へ。
これからも本物を知る旅は続いていきます。

それではまた次回・・・

本物のアイテムを
紹介していただきました

YARD・O・LEDのボールペン

イギリスのYARD・O・LED(ヤード・オ・レッド)のスターリングシルバーのボールペン。ご自身と同年代のものを探し、骨董店で見つけたという一品。

YARD・O・LEDのボールペン

CARTIER Gondolo

CARTIER Gondolo

カルティエのGondolo(ゴンドーロ)というモデル。70年代にカルティエが買収された際に登場した13種類のモデルのうちの一つ。文字盤6時の位置には今とは違い「PARIS」の文字がプリントされています。生産数も少なく希少価値の高いモデル。5年ほど探して見つけたアイテムとのこと。

五十嵐裕基氏

PROFILE

オーダーサロン LECTEUR オーナー 五十嵐裕基氏。
セレクトショップの販売員を経て、2014年にLECTEURを立ち上げ、
2017年には広尾駅から徒歩10分ほどの場所にサロンをオープン。
同サロンは、1日に限られた人数しか入れないプライベートな空間で、ゆっくりと話しをしながら、お客様とスタイルを一緒に作り上げていくことがコンセプト。
また、販売員とのパートナーシップ制度を取り入れるなど、新たな試みと変化を続ける。

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